フランスへ

  去年から続けてきたこの「モンペリエ直送便」も今回で最終回である。当初はフランスと化学についていろいろと書く予定だったが、いつの間にか僕の留学記みたいになってしまった。今まで読んでくださった方に心から感謝するとともに、この連載を裏方で援助して下さった弘前大学のフランス語の先生方にもお礼を言いたい。最終回である今回は、僕がどうやってフランスへ行くに至ったかについて書きたいと思う。
 僕は農学部の学生だったが、大学一年生の時からなぜかフランス語が好きになり、いつの間にかフランス好きになってしまった。おかげで学部四年生になった時は、専門分野を変えて、フランスに留学しようと思ったほどである。しかし、その当時に配属した研究室の先生の影響で、化学、特に生物有機化学の分野に興味を持つようになり、学部卒業後は修士課程まで進学して、修士号をその先生の指導の下で取得した。その後は会社に就職したが、自分の中の「フランス好き」の部分と「化学好き」の部分が融合して、なぜか「フランスで化学の博士号を取得しよう」と思うに至り、会社を辞めてフランス留学を志したわけである。
 さて、「いざ留学」と奮い立ったはいいが、フランスの大学の博士課程への入学方法については何も知らなかった。そこでフランス大使館科学部の人に問い合わせたところ、大学の研究室の責任者に直接問い合わせるよう言われた。博士課程では、核酸もしくは糖鎖の化学について研究を行いたいと考えていたので、その分野に関連したフランスの大学の研究室をインターネットで調べた結果、パリ大学に糖鎖化学の分野で、モンペリエ大学に核酸化学の分野でそれぞれおもしろそうな研究室を見つけたので、早速その二つの研究室の責任者にメールを出して問い合わせてみた。そうしたところ、モンペリエ大学から良い返事が来たので、モンペリエ大学に留学することにしたわけである。
 ここで運が良かったことは、あの当時、僕が所属を志望していたモンペリエ大学の研究室のボスが、ジル・ゴスラン(Gilles Gosselin)博士だったことである。以前にも書いたように1)、フランスの研究室にはまずボスがいて、その下に研究者がいる。ボスはフランスのお国柄で行政的なことに忙しいから、直接学生に構っている暇はない。従って、フランスでは博士課程に進学を希望する人間は、そのほとんどが直接もしくは間接的に将来自分の担当教官となる研究者にまずはコンタクトをとり、その後で担当教官を介してボスにコンタクトをするものである。だから遥か極東の島国の人間がフランスの研究室のボスに「あなたの研究室で博士課程の学生として研究がしたい」とメールを送ったところで、無視されるのが当たり前である。しかしムッシュー・ゴスラン(Gosselin博士は常にこのように呼ばれていた)は違った。彼は僕からのメールをしっかりと読んでくれて、しかも研究室の一員として僕を受け入れてくれた。ちなみにこのムッシュー・ゴスランという人は、フランスではかなり有名な人間だった。たまにフランスの研究者と話をする機会があるが、僕が出会ったほぼ全員がムッシュー・ゴスランの名前を知っていた。
 あの当時、ムッシュー・ゴスランの研究室は、ヌクレオシド・ヌクレオチドグループとオリゴヌクレオチドグループの二つの研究グループにより構成されていた。僕が修士時代にオリゴ糖の合成研究をしていたのを考慮してか、彼は僕がオリゴヌクレオチドグループに所属するのがいいだろうと考え、そのグループの責任者であるジャン=ジャック・バスール(Jean-Jacques Vasseur)博士を僕に紹介してくれた。ここでまた幸運だったことは、ジャン=ジャック(研究室では、みんな彼をこのように呼んでいた)もまた、親切な人間だったことである。フランスで博士課程に進学するには、DEA(Diplôme d’études approfondies)という免状が必要であるが、あの当時の僕はもちろんそんなものは持っていなかった。そこでジャン=ジャックは、僕がDEAなしでも博士課程に入学できるように特別措置を大学に申請してくれただけでなく、その後のフランスらしい、面倒くさい、果ての無い入学手続きも手伝ってくれた。
 この度量の広い二人のボスのおかげで、僕はなんとかフランスの大学の博士課程へ入学することができたのである。そして入学してからは、ミカエル先生や研究室の友達など多くの人達に支えられて無事、博士号を取得することができた。とにかく、彼等には感謝の気持ちしかない。
 おそらくこれを読んでいる人達の中には、何らかの形でフランスへ行こうと思っている人達がいると思う。フランスへ行った後の将来については保証できないが、どうしても行きたいのなら自分からアクションを起こすべきだと思う。僕が知る限り、フランス人とは外国人を受け入れてくれる人達である。また、この連載を読んで、フランスという国と、この国がいかに深く化学に関わってきたかについて興味を抱いてくれた人間がいるならば、僕としてはこれ以上の幸せはない。
 最後になるが、このような留学を僕に許してくれた最高の両親に、ここで精いっぱいの感謝の意を表したい。

編者注
1) フランスの研究機関の構成については、本連載の「閑話休題」で詳しく解説されています: https://hirofrench.com/archive/espace/monperie/120111.php
※今回の記事内で紹介されていたGilles Gosselin 博士については こちらのニュースで見ることができます。