閑話休題
今回は、閑話休題としてフランスの研究機関の複雑さについて。
フランスの行政機関の複雑さは有名であるが、自然科学系の研究機関もその例外ではない。このことはフランスの研究機関の単位のひとつである研究室という形で具体的に現れてくる。
例として僕の所属していた研究室を挙げる。僕が所属していた研究室はモンペリエ第二大学の中にある。だから、この研究室で働いている研究者達はみんな公的にはこの大学に所属している人達と思ったがそうではない。よくよく調べてみると、研究者達はみんな同じ行政機関に所属しているわけではないのである。僕の知る限り大体の人達がCNRS (Centre National de Recherche Scientifique, 日本語版ウィキペディアで見たら「フランス国立科学技術センター」と訳されていた) 、 INSERM (Institut Nationale de la Santé et la Recherche Médicale, 日本語版ウィキペディアには載っていないが、インターネット上では主に「国立保健医学研究所」と訳されている)、そして最後に教育省みたいな機関(僕はこれについては未だに詳しく知らない。以下、便宜上「教育省」とする)に所属していた。例えば前に紹介したムッシュー・オワリーはCNRS, ミカエル先生は教育省に所属していた。
そして、フランスでは教育省に属する人達が主に教育に携わるので、CNRS や INSERMに所属している人間は、大学にいるにも関わらず、基本的に講義をする必要がない。僕があの研究室をはじめて訪れた時、ボスに≪Bonjour, Professeur≫とあいさつしたら、≪Je ne suis pas professeur.≫と言われた。日本では大学の研究室のボスといえば、普通は教授だから、当然フランスでもボス=教授と思いこんでいたが、ボスはCNRSに所属する人間で教育に携わっているわけではなかったのである。ちなみに「教授」に相当する≪Professeur≫は教育省に属する人間である。一方、僕のボスはCNRSのDirecteur de Rechercheという役職についていた。こうして、公には異なる機関に属する人間達が集まり、混成部隊のごとくひとつの研究室を構成しているわけである。
この研究室の複雑さは、国際学術雑誌に掲載される論文を見ればすぐ分かるはず。
一般に論文では、著者欄の下に自分の所属する研究機関の名前を書くのが慣例である。そして研究機関が大学の場合、英語で講座名(もしくは学部名)、そして大学名の順に記載される。いたって単純である。
ところがどっこい、フランスの研究機関の場合はかなり様子が異なる。まずフランスでは研究室に名前があり、その研究室名がくる。次にその研究室がある大学名。この前後に、CNRSとかINSERMという組織名。フランス人達も結構いいかげんなもので、人によってはこれを記載しない人もいる。さらに必ずどこかにUMR XXXX (Xは数字)という、一見すると「なんじゃこりゃ?」と思うような怪しい記号が記載されている。これはUnité Mixte de Recherche の略語である。実を言うとこれが何を意味するのかは僕も知らないから勝手なる憶測になるが、フランスの研究室は異なる研究機関に属する研究者から構成されるから、その研究室は混成研究単位(まさにUMRの直訳)として扱われて、その後にコード名として番号が続くのではないのだろうか。
さらに始末の悪いことに、国際ジャーナルに掲載される論文にも関わらず、これら研究機関名が全部フランス語で書かれている。もっともこれはフランスに限ったことではないけれど。そんなわけで、僕の所属していた研究室はLaboratoire de Chimie Organique Biomoléculaire de Synthèse, UMR 5625 CNRS-UMII, Université de Montpellier IIとなる。参考までに弘前大学の農学部に所属する研究室の論文なら、Faculty of Agriculture, Hirosaki Universityだけである。ちなみに上述したフランスの研究室名は変わり、今はより複雑な名称となっている。
このように研究室ひとつを見ても、複雑極まりない世界である。そしてこの研究室から構成される研究所があり、これがまたさらに複雑な世界を構成している。そしてそこまでは僕にも未踏の地である。