憧れは憧れのままに…は終わらせたくない!いつの日か、きっと!

上妻衡子

 フランス文化の香る世界へ足を踏み入れたきっかけは、雑誌だった。遡ること数十年、高校生ともなれば、ファッションやライフスタイルに興味を持ち始め、そんな私の最初の教書が「Olive」(現在は休刊)だったのだ。その雑誌のページを繰り、「リセエンヌ」のイメージをふくらませ、私の少女心(?)は、想像の世界で遙か遠くのお洒落で愛らしい女子高生のスクールライフに憧れを抱いていた。とは言え、Oliveの提案するファッションは、とても私には着こなせるタイプではなかったので、私の興味は雑貨や音楽・映画へと向いていった。
 土日ともなれば、Olive片手に代官山・自由が丘・恵比寿を散策しては、フランスを思わせる雑貨に目を輝かせた。また、アイドル感たっぷりのフレンチ・ポップスを聴き、単館シアターなどで、何ともいえない質感のフランス映画に魅入ったものだった。
 映画で、一番初めに衝撃を受けたのは「愛と宿命の泉」だ。実際のところ、ストーリーの詳細を覚えてはいないのだけれど、人間の欲望がもたらす悲哀感を描くには美しすぎる南仏の風景は、今でも脳裏に焼きついている。また、ずっと後で知ったのだが、忘れられないほどの存在感を放った美人な娘役を演じていたのはエマニュエル・ベアールだった。

 そんな風にフランス文化へと近づき始めると、やはり気になるのは「言葉」だ。ただフランス語というのは何だか、鳥がさえずっているかのように聞え、全くもって理解不能でも耳元に心地よく感じた。それでも、少しは言葉の世界も覗いてみたいと、短大へ進学した時、第二言語は真っ先にフランス語を選択した。が、しかし…。
 いざ習ってみると、男性形やら女性形やら、主語で動詞が変わるとかうんぬんかんぬん…。成熟した脳みそには、「なんでそんなに面倒なの~」と、苦戦もいいところだった。また、教師がどうも苦手だった。蛇が獲物を捕らえんばかりにギロっとにら(んでたのではないかもしれないが)む、その眼差しに、私は、いつもビクビクしていたものだった。そしてフランス語の優雅なイメージとはかけ離れていってしまった。その成果があり、結局、短大卒業後に目指した夢の留学先は―、迷わず安全パイの英語圏、アメリカとなった。

 しかし、フランス語学習に一度は挫折したものの、フランスへの憧れ、フランス文化への興味は決して消えることはなかった。だからアメリカ留学中にも、フランス語に再チャレンジした。
 留学先がアメリカ北東部、ニューヨーク州だったためか、フランス語の先生はカナダ東部のフランス語圏・ケベック出身だった。更に、私が独断にイメージする「おフランス」を香らせる、コケティッシュで優美な女性だった。ただしお年はかなり召されていたが…。まあ、その辺はともかくとして、英語で学んだのが功を奏したのか、初挑戦の時よりは素直に楽しめたものだった。たしか中級位まで頑張ったが、残念ながら話せるレベルには至らなかったのは、私の力不足に極まりないだろう。

 卒業後は特にフランス語学習に接することなく、時は過ぎゆくままに、過ぎていった。そしていつしかフランスに対する憧れも、若き頃の思い出の箱の中に仕舞われてしまった。
 ところが運命のイタズラとでも言おうか。6年ほど前にダンナの転勤に伴い、ここ、弘前にやって来て、また「フランス」の4文字が私の周辺をちらつき始めたのだった。

 まずは弘前に来てまもない頃、「洋館とフランス料理の街」と謳った観光チラシに目が留まり、「えっ?」となる。それから徐々にこの小さな町にフランス料理の店がいくつも存在することを知った。城下町に混在する洋館とフランス料理店に不思議な面白さを感じた。そして心の思い出の箱からフランスへの憧れが、再び取り出されることとなったのだ。

 そんな折、何ともお手軽な料金でフランス語講座を受けられる機会に巡り合った。「日仏協会」なる会が、奉仕精神たっぷりに開講していたことは、後で知った。そんな魅力的な講座に参加した私は、学ぶ場を得ると共に、その場を通じてたくさんの素敵な方々と知り合うことができた。特にその時の学びの友の一人で、「ジャン」という名(クラス内では各自フランス語名をつけた)の老齢ながらも勉強熱心な紳士に刺激され、私は昨秋、合格点ギリギリながらもフランス語検定3級に合格した。残念ながらジャンさんは2年ほど前に亡くなられてしまったが、彼やクラスメイト、そしてキュートで親切な先生のおかげで、「やっぱりムツカシイー」フランス語をとても楽しく学ぶことができた。
 更に、出合った方々はさすがフランスを愛するだけあって、皆、素敵な個性にあふれている。そしてもちろん食文化にはかなり敏感のようだ。アルコールにあまり強くない私は、残念ながらワインもちょこッと嗜む程度であるが、ワインはもちろんチーズやら何やらの美味しそうな話題に触れ、フランスに馳せる私の思いはまた膨らみに膨らんできてしまった。昨夏には語学仲間がフランスへ留学した。羨ましい限りだ。そう、フランスに恋焦がれている私は、まだ一度もその土を踏んだことがない。憧れの人は憧れのまま終わらせた方が、美しい思い出として心に残るもの。でも、フランスへの憧れは、きっと憧れを超えると確信している。いつの日か、きっと、そんな思いを再燃させてしまった。ココ、弘前の地に来てしまったが故に-。

 憧れのままでは終われない。いつの日か、きっと。