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人文学部卒業 フジタ 花梨

みなさん初めまして。フランス語翻訳家・講師のフジタ花梨(ペンネーム)です。

2010年春、初めての本を出版しました。

『素敵なフランス語のフレーズ365』(カラーフィールドより)

 昨年の夏、社長に初めて出会い、お話をいただいてから半年。想いが形になり、今回こうして皆さんにお話できることを嬉しく思います。

 私は弘前生まれの弘前育ち。弘前大学では、多くのことを学びました。1学年のとき、フランス語を第2外国語として勉強しはじめ、その響きに惹かれながらここまで来ました。教科書の見開き1ページずつを毎週進めていくスタイルは、急がずじっくり学びたい私にぴったりだったように思います。少しずつ、少しずつ…そうして、基本を身につけることが出来ました。2学年からはジャンソン先生の楽しい会話のクラスや奈蔵先生の文法を深めるクラス(素晴らしかった)もあり、当時は人文学部の「外国語実習」という名前だったのですが、自然とフランス語の世界へ入ることが出来ました。

 協定校であるボルドー第3大学へは、2003年秋に留学しました。フランス語の先生方はもちろん、留学生センターの方々にも大変お世話になりました。留学前にハンナ先生がおっしゃっていた言葉を今でもよく思い出します。

 「留学してからその国の人と話そうとするのではなく、ここには幸運にも沢山の外国の方がいるのですから、今日からコミュニケーションをスタートしてください。」

 この心意気を、どの国にいても実践しようと思ったのを覚えています。地方とは言えども、弘前にはどこか粋な部分がちりばめられています。それは、これまでに多くの先輩方が築いてきたものであり、私たちに根付いているものです。そういえば最新号のBRUTAS(681号)でも弘前市がクールな地方都市15位に入っていました。

 東京に出てきて感じたことですが、弘前大学の留学システムはとても進んでいると思います。多くの国籍と、地方だからこその伝統行事とともに深まる仲は、かけがえのないものです。

 さて、2003年から9ヶ月だけのつもりが、結局2006年までボルドーで暮らしました。最初は大学附属の語学センターへ通い、途中からは平行して大学の映画学科の授業を履修しました。弘前大学でも、映像表現分析というゼミに入っていたのです。大学の授業はノートをとるだけでも大変でしたが、ある意味語学学校のようだと思い通っていました。毎回ディクテの連続のようで面白かったです。フランス人の友人も出来ますし、ボルドーへこれから留学する方はぜひ語学学校だけではなく学部の授業へ参加してみてください。最初は大変でも、きっと良い経験になります。

 帰国後は就活に入ったわけですが、結局フリーランスの道を選びました。大学時代と同じようにカフェで働いていこうと思ったところ、フランス語を必要としてくださる個人レッスンの生徒のみなさんのおかげで教えることの楽しさや充実感を知ることが出来ました。現在は都内の語学学校でフランス語を教える傍ら、『吉祥寺フランス語レッスン』を主宰し、講師業と翻訳業を続けています。

『吉祥寺フランス語レッスン』主宰。翻訳家、フランス語講師、アートマネージャー。