モスクに行ってテロリストに? イスラム教への根強い偏見

「稼ぐことができなかったら彼らは食べ物を求めてモスクへ行き、テロリストとなる」
今年1月、佐賀県の高校1年生が受験した模試にこのような文章が掲載されたと、複数のメディアが報じました。
この文章は「全国高校生徒英作文コンテスト」の過去の最優秀作品からの引用で、英語の長文読解問題として出題されたそうです。

文中では生徒がエジプト旅行中、地元少年が「1ドル!」と叫び絵はがきを売ろうとし、父親に理由を尋ねる。それに対し父親が「もし稼ぐことができなかったら、彼らは食べ物を求めてモスクへ行き、テロリストとなるんだよ」と答えた。(毎日新聞より引用)

モロッコ北部フニデク。右奥に見えるのがモスク。



前回の記事では、バルセロナのテロの実行犯がモスクで過激化の「洗脳」を受けたと報じられたことについて触れました。
その例のみをもってすれば、モスクでテロリストになるという言説はたしかに間違っていないかのようにも捉えられます。
しかし、そのような個別の事例を挙げるのではなく、一般論として貧困とテロリスト、モスクとテロリスト、ひいてはイスラムとテロリストを安直に結び付けることは、偏見によるものとしかいえません。

根強い偏見
このニュースを読んで思い出したのは、モロッコでよく一緒に出掛けていた友人の女性がこぼした言葉です。
「私、実はフランスを旅行するのは好きじゃないんだよね」
どうして、とその理由を尋ねると、彼女はこう答えました。
「テロリストだ、と言われるから。ほら、私はヒジャブをかぶっているでしょう」

彼女は敬虔なイスラム教徒で、外見もヒジャブ(髪を隠すスカーフ)をかぶり、真夏でも必ず長袖長ズボンで肌を隠しています。
この話を聞いたのは、ちょうど欧州で「モロッコ系」によるテロが相次いでいたころ。
彼女が欧州を旅行すると、「テロリストだ」と指差されることが少なくなかったそうです。

ヒジャブを身に着ける女性たち(モロッコ東部ウジダにて撮影)



フランスでは、2004年に公立学校でのヒジャブ着用が法律で禁止され、さらに2011年には公共の場で顔を覆うものを着用することを禁ずる法律ができました。
この背景には、ヒジャブや顔を隠すものがイスラム教の女性差別の象徴とみられていることや、フランスの規則であるライシテ(政教分離の原則)に反することが挙げられます。
一方、市民のなかには、イスラム教=テロリスト……というふうな偏見を持つ人も少なくないようです。
そこで、ヒジャブをかぶっている女性はイスラム教徒、イスラム教徒はテロリスト、というふうな結び付けが行われたのでしょう。

もちろん、このような結び付けはフランスやイスラム教に限った話ではありません。
新型コロナウイルスが流行した2020年以降、アメリカや欧州など少なくない国ぐにでアジア系に対する差別やヘイトクライムが目立つようになりました。
私も2020年3月にモロッコに渡航した際、街を歩けば大声で「コロナ」と叫ばれ、嘲笑されたり、あからさまにせき込む真似をされたりして、正直すごく嫌な思いをしました。
ここでは、イスラム教がテロリストと同一視されるのと同様、アジア系がコロナと結び付けられているといえます。


偏見の先に
このような偏見は、何を生むのでしょうか。

たとえば模試で「モスクに行った人がテロリストになる」という文章を読んだ生徒が、それを信じてしまったら。
イスラム教徒はテロリストだ、と思い込んでしまったら。

このようなイスラモフォビア(イスラム嫌悪)をレイシズムとして捉えなおしたとき、その答えが見えてきます。
『レイシズムとは何か』(ちくま新書)では、レイシズムは「人種化して殺す権力」と定義されています。
そのうえで、レイシズムの権力が作動すると、最初は偏見であったものが、次第に差別や暴力、ひいてはジェノサイドに発展すると指摘されています。

たとえばコロナによる人種差別では、アメリカで少なくないアジア人が殺害されています。 このことを考えると、私たちが持つ偏見は、ときに大きな暴力に発展しうることを突き付けられます。

パリ5区の住宅街にあるグランド・モスケ・ド・パリ(右)



日本にいるイスラム教徒は10~20万人、モスクの数は100か所以上といわれています。
一方、過激派組織「イスラム国」と混同した日本人からイスラム教徒が嫌がらせを受けたり、モスクの建設にあたって近隣住民から「トラブルになったら困る」「不動産価格が下がる」などと反発されたりもしているようです(参考:東洋経済オンライン毎日新聞

一般的に、人は自分がよく分からないことに対しては、不安感を抱いてしまうもの。
そして、それが無意識の偏見につながってしまうのではないかと思います。
それを防ぐためにも、いきなり一般化しようとせず、まずは理解しようとする姿勢が大切なのではないでしょうか。




2021年6月8日