久三郎

弘前大学人文学部欧米文化コース2年 宮脇千里


 ここは商店街の一角、老舗の万年筆店・平山萬年堂のセレクトショップ、『久三郎』。店主の平山 幸一さんにお話を伺った。


店内でゆっくり探す「満足」
 店内に並ぶ様々な品。これらは最初スクラップブッキングの用品を取り扱うのが主だったのが、一見関係の無さそうな文房具もアイデア次第でスクラップブッキングの素材となり、そのアイデアが膨らんで徐々に色々な文房具を並べるようになったという経緯があるそうだ。買った雑貨の使い方のアイデアをレクチャーするスクラップブッキングの教室も行っている。
 ペンなどを買い求める時、大型店だと自分で勝手に選んで買うことができる。しかしビニールに包まれたその文房具が本当に自分の求めているものかどうかを店頭で見極めるのは難しく、いざ開封してみるとイメージ通りではないこともよくある。『久三郎』ではお客さんの要望があれば、それに見合った品物を一緒に探したり、「こんな使い方もあるんですよ」と提案することもあり、このようなお客さんとの「対話」を大事にしているとのこと。
 そしてペンの試し書きのための机があり、机の上には文房具に関する雑誌などの資料が。この机は、お客さんに納得するまで店内の文具を試して、本当に満足できる一品を見つけてほしいという想いから設置したのだそうだ。

『久三郎』で発見したフランス
 この店には、まるで昔小学校の前にあった文房具店のような独特の雰囲気がある。そんな懐かしい匂いがありながら、よく見ると他では見られない目新しい文具を発見することができる。
 店内で見せてもらったシーリングワックス(封蠟)、実はこれにはフランス人船乗りのJ.エルバンがインドから輸入したことでヨーロッパでも広く使われ始めたという歴史がある。現在では、エルバンの名は老舗ステーショナリーブランドとして日本でも親しまれている。
 もとは差出人やその家系のシンボルなどが使用されていたシーリングスタンプにも、最近ではハートやテディベアなどの可愛らしいデザインのものが多くある。
 頭がボールペンヘッドの少年はフランスで愛されるボールペン会社Bicのキャラクター、ビックボーイ。黄色い衣装が印象的だ。Bic社製のペンは日本でも頻繁に目にする。

国境を越えて愛されるペン
 最近よく普通のボールペンとは異なる機能を持つものを見かける。消しゴムや摩擦熱で消せるペン、芯が回り続けてシャープな書き心地を継続できるシャープペンシル・・・話を伺ったところ、こうしてペンひとつに様々な機能を付加するというものづくりは、日本独特の傾向なのだそう。日本のペンは時代と共に変わっていく。この点がフランスとは異なっていて、先ほど触れたBic社のボールペンひとつ取っても、フランスでは昔から変わらないものを長く愛するという考え方が強いことがうかがえる。そしてフランスの文房具は、最近の傾向で言えばボディをピンクやグリーンなどの鮮やかな色合いにするなど、デザイン性を重視する面も大きい。見た目も重要なポイントなのだ。
 同じペンでも、国が違えば機能もデザインも異なるが、遠く離れたフランスで生まれたボールペンが日本でも愛されている。国境を越えて愛されるということは、そのペンが紛れもなく最高の品であることの証なのだろう。

伝統文化を見つめなおす
 雑貨屋などに行くと、紋章や建築物など――例えばよく見かけるエッフェル塔のストラップなど――日本人が「素敵だ」と感じる外国のものをモチーフにした商品も数多く見かけるが、こういったところから日本人の欧米への憧れが垣間見える。そこには外国の古い物に対する「何だかお洒落」とか「格好いいな」と感じる気持ちがある。では自分の国の古い物に関してはどうだろう。外国のことに目を向けるには、まず自分の生まれた国を知っておく必要もあるのではないだろうか。変わっていく事も大事というのにも一理あるけれど、そのせいで日本の伝統的なものを見落としてしまうのは勿体ない。「文具に限った話ではなく、日本独特のものを見つめ直して取り入れていくということも大事なのでは。」その平山さんの言葉に添うように、昔ながらの文房具屋のようなスタイルで営業している『久三郎』。ここで時間を忘れてゆっくり買い物をすれば、その「昔ながら」ということの良さが何なのか、肌で感じることができるのではないだろうか。