木守り―りんごの木の将来を考える人たちのお話

弘前大学人文学部欧米文化コース2年 鈴木実世

 弘前市のりんご公園内にシードル工房kimoriが創設された。工房の立ち上げには22名の人々が参加。そのうちの12名は農家の方々だ。建物のデザインは神々しさを思わせる白を基調としている。「お酒を造ることは神の領域。人の目に見えない中でお酒ができていく」こう話すのは百姓堂本舗の代表取締役・高橋哲史さん。
 ちなみに、初年度には9回シードルを作るとのこと。1つのタンクは1500リットルなので、合計1万3500リットルのシードルができる。わかりやすくすると、750ミリリットルのシャンパンびんで8000~9000本、ハーフサイズで1万5600本になる。できたシードルは、公園内、地元の小売店や物産展で販売することを計画している。「地元のほうでわいわいやっていく」とのことで、県外へ出荷するということは考えていないという。
 こうして、弘前に新しくシードル工房ができたわけだが、そこは、ただシードルを作るだけでなく、地元のりんごの将来を考え、守っていくために創設されたという。

青森からりんごが消えていく!?
 日本一のりんごの産地として有名な青森県。そのうちの半分は弘前市で生産されている。しかし、そんな日本一の産地が今、危機的状況にある。その主な原因のひとつとして挙げられるのが高齢化だ。県内の基幹農業従事者の平均年齢はおよそ63歳。現在も高齢化は着々と進行している。もう一つの原因は後継者不足だ。りんご農家の約2割が、後継ぎが決まっていないという状況にある。こうしたことが重なって、りんご農家の数はどんどん減少していくと同時に、その規模も縮小している。数十年後にはりんごの生産をやめるスピードがますます速くなっていくだろう。しかし、こうした危機的状況を知る人は少ない。
りんごの木がなくなっていくことは「地域の問題」であり、「りんごは桜と共通の財産」だと高橋さんは語る。もし、弘前城の桜の木が切られたら、地元の人たち全員が桜を守ろうとするだろう。でも、りんごの木が切られても気づく人はおそらく少ない。どうすれば今の状況をみんなに伝えることができるのか?そこで考えられたのが、シードルをりんご公園でつくることだった。なぜなら「公園は人が集まってくる場所」だからだ。人々にりんご畑に足を踏み入れてもらって、りんごの花の下で、りんごのお酒を飲んで、みんなでわいわいする。これは素晴らしいことだと高橋さんは言う。そして、そうした中でりんごのことについて知ってもらう。これはりんごを守っていくための第一歩となる。

シードルの街・弘前
 弘前市では、弘前をシードルの街にしようという取り組みがある。そうした動きの中、弘前市はフランスのシードルの生産地・カルヴァドス(Calvados)県ブーヴロン・アンノージュ(Beuvron en Auge)村と技術協定を結んだ。高橋さんは個人的に現地に赴き、そこでのシードルづくりに感銘を受けた。また、村のシードル祭りにも参加し、そこでは、シードルだけでなく、文化も大切にしていることに気付いたと話してくれた。今後、実際に、シードルを作る人が2~3週間ほど現地に技術を勉強しに行くだろうということだった。
 しかし、こういう取り組みがある中、実際に弘前でシードルを作っているところはニッカを含む数社だけだ。「シードルの街にするためには作り手が必要」と高橋さんいう。そこで、シードルづくりに参入したい若手農家の方々にりんご公園に来てもらって、一緒に勉強していくということを考えているそうだ。というのも、一から自分で工場を作るのはハードルが高いからだ。こうした形で、シードル工房kimoriは「シードルの街・弘前」に貢献していくことになるだろう。また、シードル工房では、こうした農家の方々へのサポートだけでなく、地元の人たちのイベントに工房の中の一部のスペースを貸し出したいとのこと。まさに、「人が集まる場所」として、りんご公園にはますます足を運ぶ人が多くなるだろう。それと同時に、より多くの人がりんごのことについて知ることになるだろう。

「HP掲載 2014.6.6 ※2014年4月4日取材 青森県日仏協会会報29号掲載記事(平成26年7月26日発行)」

HP:弘前シードル工房kimori

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