フランス×前川國男

弘前大学人文社会科学部多文化共生コース2年 工藤瑠夏・福原愛和

昨年秋に国立西洋美術館等が世界遺産に登録されたことを機に、ル・コルビュジェとその弟子である前川國男に注目が集まっています。前川は新潟生まれ、東京育ちの建築家ですが、弘前に数多くの作品を残しています。これは、前川の母が弘前出身であったことに由来しています。前川は、フランスの近代建築家であるル・コルビュジェに師事し、そのパリ事務所に入所していました。前川建築の特徴は、ル・コルビュジェの建築の影響と、その土地の風土・環境などとの調和、利用者への配慮を掛け合わせたところにあり、弘前に残る8つの前川建築は、まさにル・コルビュジェの建築の雰囲気と弘前の風土を融合したものとなっています。前川の建物は市民に愛されており、「前川國男の建物を大切にする会」という市民団体が前川國男の魅力を広める活動をしています。
 ここでは、弘前に現存する代表的な前川建築を二つ、そして取材にご協力いただいた葛西ひろみさんが代表を務めていらっしゃる「前川國男の建物を大切にする会」の活動についてご紹介します。

木村産業研究所
〒036-8216 弘前市在府町61 ℡0172-32-0595
1932年、前川27歳の作品。
フランス留学を終えて、帰国後最初に手がけた建築です。玄関吹き抜けの天井の鮮やかな赤色、一階のトイレのドアノブのクリスタル、入り口の縁どられた青いタイル、又、再現されたバルコニーが見どころです。二階には前川國男プチ博物館もあります。

 木村産業研究所は元々地場産業の復興のために作られた建築物で、農閑期の仕事としてこぎん刺し・窯業・ホームスパンなどの研究をする場所でした。初代所長である木村隆三はフランスの大使館付武官としてフランスに渡っており、そこで前川に出会い木村産業研究所の設計を依頼しました。さらに、地場産業復興という目的だけではなく、ダンスパーティーが開かれるなどモダンな社交の場でもあったといいます。
 木村産業研究所の魅力の1つであるバルコニーは長らく劣化により取り除かれた状態でしたが、後述する「前川國男の建物を大切にする会」の活動により、再建を果たしました。

弘前市斎場
〒036-8263 弘前市常盤坂2丁目20-1 ℡0172-32-0643
1983年、前川78歳の作品。
前川の弘前での最後の建築です。平成22年にJIA25年賞大賞を受賞し、平成26年に弘前市景観重要建造物に指定されています。外壁は打ち込みタイルで、和室へと移る渡り廊下天井の緩やかなカーブ、玄関車寄せ天井のコンクリート格子梁が見どころです。遺族の心に沿った前川國男生涯でただ一つの斎場です。

 地元の自然環境を考慮した造りや、優劣を付けない炉の配置、遺体に配慮した収骨室の位置、天井から入る自然光などに津軽の人々の葬いの心情に沿って建てられた前川建築の特徴が表れています。
 また、控室までに延びる緩やかな傾斜がついた坂はあの世とこの世を隔てる「黄泉平坂」をイメージしているそうです。
 前川の最晩年の代表作ともいえ、2017年6月25日には市民により、「前川國男没後31年を偲ぶ会」が開催されました。

前川國男の建物を大切にする会
 「前川國男の建物を大切にする会」の代表である葛西さんは弘前出身であり、弘前市民会館や弘前市役所が前川の建築だということと、『ユリイカ』という雑誌で前川とル・コルビュジェの師弟関係を知ったことが前川國男に興味を持ったきっかけでした。そして、弘前で開催された建築フォーラムで前川の直属の弟子である仲邑孔一さんに出会い、前川の人柄に触れたことで前川建築への思いが強まったそうです。
「前川國男の建物を大切にする会」設立以後は数々のイベントやプロジェクトを成し遂げていますが、その起源ともいえる最初のプロジェクトが2002年10月5日に行われたスライドレクチャー「前川國男の建物 in Hirosaki」です。この企画は「前川國男の建物を大切にする会」設立以前に行われたものであり、木村産業研究所という素晴らしい建築物の中で仲邑さんのお話を聞いてほしいという思いから実現したものでありました。来場者は100人を超える大盛況となりました。木村産業研究所は建築当時人々で賑わう地域としても重要な建築物でしたが、この企画が行われるまでの半世紀ほどは人の出入りも少なかったといいます。「前川國男の建物を大切にする会」は活動を通して前川建築の魅力を再発信しているのです。
その後、2003年に前川8建築を巡る、プチグランドバスツアーを実現しました。建築活動をしても成功しないのではないかという意見も上がっていたましたが、この企画も参加者が予想を上回り大成功を博しました。これらの企画の実現・成功を経て2004年2月28日に「前川國男の建物を大切にする会」は発足しました。
 その初期メンバーの工業高校の建築家の先生の話がきっかけとなり、弘前中央高等学校講堂の椅子補修に乗り出しました。弘前中央高校講堂は昭和29年に建てられ、講堂内の椅子もかなり古くなっていました。月に一度の補修活動を丸2年続け、806脚あった講堂内の全ての椅子の修繕を成し遂げました。前川がデザインをした椅子そのものに直に触れて補修することができたのは素晴らしいことであったと葛西さんはおっしゃいました。
 その後もたくさんのイベントやセミナー、講演会などが開かれ、前川國男のプチ博物館を作るというプロジェクトが始動しました。前川國男プチ博物館には、弘前に現存する8つの建築物のパネルや模型などが展示されており、2011年の4月にオープンしました。開館後援助は一切されておらず、祭りなどのイベント時には会員によるボランティアガイドも活躍しています。
 そして、木村産業研究所が弘前市重要建造物に指定されたことによって、市の要請によりバルコニーの復元が決定されました。このプロジェクトには市からの助成金がありましたが、修繕費の半分は会の募金によってまかなわれました。しかし木村産業研究所の図面は存在していなかったため、仲邑さんが実測して起こしたものを基に作られました。このバルコニーの復元は「前川國男の建物を大切にする会」の最も大きな功績であると言えます。
 「前川國男の建物を大切にする会」は、このように前川建築の魅力を発信するとともに、今も市民に愛され使われている前川建築を「大切にする」という目的の中で活動を広めています。

取材協力:葛西ひろみさん(前川國男の建物を大切にする会)
前川國男の建物を大切にする会ホームページ→http://maekawanokai.com/

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